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日本人が忘れてはいけない日が5つある!! [日本の習慣]

12月8日、6月23日、8月6日、8月9日、そして8月15日である。

後ろの3つは思い当たる方が多いだろう。
しかし、12月8日と6月23日については多くの日本人がこの日に何が起きたのかを知らない。

これを機会にぜひ覚えていただきたい。


12月8日は、パールハーバー、真珠湾といえば察しがつくと思う。

ここでは6月23日について深く掘り下げたい。
1945年6月23日、沖縄での地上戦が終わった。
終戦したのではない。

沖縄がアメリカ軍に陥落したのである。
沖縄県民の3人に1人が亡くなるという悲惨な地上戦に敗北して日本の敗戦は決定的になった。
だが、それでも戦争は終わらなかった。
体裁のためなのか、本気でまだ巻き返しができると思っていたのか。
もはや力の差が確実なこの時点で戦争を終わらせていれば、長崎広島に原爆投下はなかった。

劇団四季の浅利慶太氏は「語り継ぐ日本の歴史」という小冊子の中で日中戦争および、太平洋戦争での引き際についてこう書いている。

《例をあげればきりがないが、しかるべき時期に何故蒋介石政権と和平しなかったのか。「中国戦線の泥沼」に嵌らぬチャンスは何回かあったはずだ。国力の差から見ても「日米開戦」は避けなければならなかった。戦いは当然のことながら勝つか負けるかだ。「敗戦」は検討されなかったのか。古い話をするようだが、武田信玄や織田信長だったら、開戦の選択をしただろうか。それほどの偉材を持ち出さなくても、明治の指導者だったらどうだろう。》

「沖縄県民斯ク戦ヘリ。県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」という大田実中将の電報もまた日本人なら覚えておきたい言葉だ。

私たち日本人は、戦争で多大な犠牲を払った沖縄県と沖縄県民に対して、大田実中将の電文のごとく、生涯、特別な考え方を持つべきである。
それほどの犠牲が、沖縄の歴史にはあったのだから。





再度、浅利慶太氏の言葉を引用する。

《あの悲劇を語り継ぐ責任が我々にはあると思う。戦争で死んでいった圧倒的な数の兵たち、戦後無辜の罪に問われ死を迎えざるを得なかった軍人たち、1発の原子爆弾、一夜の無差別空襲で命を奪われた数え切れぬ市民たちは、みな我々の兄姉、父母の世代である。今日我々を包み込む「平和」は、あの人たちの悲しみの果てに齋された。
 哀悼と挽歌は、我々の手で奏でなければならない。》

来年は戦後70年だ。
もはや戦争を知っている方々がすくなくなっている。
襟を正して真正面から聞くべきなのだ。
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